魔女ルミさんの波乱万丈ライフ〜思春期編〜

Episode 4

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皆さん、こんにちは!いじっちゃんです(ニコっ)

エピソード3では前回に引き続き、ルミさんのドラマティック人生編をお送りします。

いよいよ大学進学から魔女と出会うまでの道のりを取り上げていきます。

ルミさんは大学で写真を専攻されていましたが、写真に並々ならぬパワーを感じるきっかけになったとして、ある写真家の名前を挙げていました。

ジョエル=ピーター・ウィトキン

1939年アメリカ生まれ、現在ニューメキシコ・アルバカーキ在住の写真家。ウィトキンの作品では死体や奇形、死んだ胎児など、いわゆるグロテスクとされるようなモチーフを、宗教画や神話を彷彿とする作品へ昇華させている。

以下のサイトでは、作品を比較的大きいサイズで見ることができます。作品に対する論考のリンクもあるので、興味のある方は、ぜひぜひのぞいてみてください!

http://www.artnet.com/artists/joel-peter-witkin/

http://www.soskine.com/artists/joel-peter-witkin

ジョエル=ピーター・ウィトキン――表層と隠された自己の不協和音 文:大場正明 ↓

http://c-cross.cside2.com/html/f10si001.htm

“I have consecrated my life to changing matter into spirit with the hope of one day seeing it all. Seeing in its total form, while wearing the mask, from the distance of death,” the artist reflected. “And there, in the eternal destiny, to seek the face I had before the world was made.” (artnetより引用)


私も、これらのモチーフは大の大の大の苦手です。

しかし、ウィトキンのことなど調べながら、小さい頃の自分を思い出すことがありました。

父の部屋に入って見つけた怖い絵たちのことです。

それは、ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』が載った画集や、杉浦日向子の漫画『百物語』でした。

「怖い怖い怖い」と思いながらも、何故か脳裏から離れず、時々父の部屋にしのびこんでは、隠れ見た記憶があります。

ルミさんを最初にネットで見つけた時のことを思い出してみます。

確かに少し「怖い」という気持ちが最初にあったかもしれません。

その時のヴィジュアルが割と肌を露出されていたものだったので(8割くらい裸?)最初はびっくりしました。

しかし、そこから恐る恐る見るうちに、「そっか裸か!」くらいフラットな印象にかわっていきました。自分の感じ方の変化を面白く思ったものです。

しかし、ふだん私たちがギョッとしたり、動揺したりする時、いったいどんなメカニズムが働いているのでしょうか。

社会的な規範、暗黙のルール、多数派バイアス、同調圧力、そういったものについてもふと考えてしまいます。

Episode1のブログにも書いたペイガンという言葉の語源が、重く響いてきます。

また、今回のエピソードではルミさんのおじいさんのお話も印象深かったですね。

待つことって、本当に試される時間だなあと思います。

私も実家の犬だったり祖父だったり、ちょこちょこ記憶に残る死別を経験してきましたが、あの身を削られるような待つ時間は過酷でした。

失恋などもそうですね。ただただ耐え忍ぶしかないというか、吹きさらされているような感覚があります。

今、しんどい時期を過ごしている人にも、届いてほしいなあと思うエピソード3でした。

次回はいよいよ魔女になってからの怒涛のマジカルライフスタートです!

いよいよ佳境になってまいりましたが、最後までお付き合いください!

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